飴と毒

 毒を飲んだような気分の時は、飴玉を口に含んで、その甘ったるさで苦味をごまかす。
 これは物心ついた頃からの私の癖で、今では食事の代わりにこれだけで済ませることもよくある。
 けれど飴玉が溶けた後の苦い後味は、私そのものの味がしているようで気持ち悪くて。
 忘れたくて、急いで台所へ行って、コップの存在も忘れ、蛇口から直接水を飲み込む。

 苦い後味、薬の味、膨らむお腹。
 私の味、水道水の味、膨らむ頭。

 今度は洗面所へ駆け込んで、喉に指を突っ込み、お腹と頭を膨らませているものを全て吐き出す。
 手にはくっきりと吐きだこが出来ている。
 これじゃあ玄関に飾っているギターが弾けない。錆びたギターをこれ以上汚すことはできない。
 現実逃避への道が、ひとつ消えた。

 水を流し、部屋に戻る。何も無い私の牢獄。

 携帯電話は電波が届かないようだから、どこかへ投げ捨てた。
 これでひとりっきりだ、とわくわくしたのに、人の音がうるさくて、大好きなCDを粉々にしてゴミ箱に投げ捨てた。
 私に説教をしているような気がして、ホコリと一緒に本を燃やして暖をとった。
 あの日撮ってもらった写真は、私を嗤っている気がしたから、ビリビリに破って桜吹雪にした。

 内鍵をしめて、すみに蹲る。
 口の中の苦さはさっきより酷くなったけれど、それが私の味を忘れさせてくれて、落ち着けた。

 眠りについた私が見た夢は、小さい頃の記憶だった。

 泣き喚く私の頭を誰かが撫でている。私が泣き止むのを待っている。
 震える背中を、赤子にしてやるようにぽんぽんと叩き、「どうしたの」と優しい声で囁いてくる。
 しゃっくりをあげながら、ぐちゃぐちゃな顔でぐちゃぐちゃな事を言っているのに、それでも頭をなでてくれて、「いい子だね、頑張ったね」と飴玉をくれた。

 甘ったるい香り。甘ったるい言葉。甘ったるい味。
 胸焼けのする記憶。

 気持ち悪くて眼が覚める。眼が塩水を私にくれる。
 砂糖まみれでも塩まみれでも、からだに悪いことは変わらないのに、それに気付かないふりをして飲み干す。
 ただただ、あの味を、あの記憶を忘れたかった。

 今度こそは夢も見ないくらいぐっすり眠りたいのに、口の中が毒まみれになった気がして気分が悪い。
 このまま放っておけば、そのうちずっと眠ることができるかもしれないなと一瞬思った。
 でもそこに至るまでの、毒を飲んではいなくて。

 仕方なく起き上がって、鍵を開けて台所へ行く。
 飴玉の入った瓶は、朝日を浴びていつも以上に光を私に突き刺してきた。あまりにも眩しくて、飴を手に取っていいものか、少し戸惑う。
 毒で膨らんでいく頭に気がついて、仕方なく蓋を開け、飴玉を口に含んだ。変色した左手から目をそらして。

 あの日もらった、いちごみるくの飴玉を舌でころがす。
 こんなものを舐めているから、後味が苦くなる。
 わかっていても、あの日のような甘ったるさに浸かっていたくて、やめられない。

 ずっとこうしていたから、私の身体の中で流れているのは飴かな、なんて夢見がちな少女みたいな考えが浮かぶ。
 あながち間違っていないのかもしれない。
 私の頭の中には飴がいっぱい詰まっていて、体温のせいでどろどろに溶けているんだ。
 だからこんな馬鹿な事を考えるんだ。
 だからこんな馬鹿なことをするんだ。

 溶けだした甘さにあの後味を思い出して、身構える。
 窓から灰色の雲が見える。それに安心して、瓶を手に取る。

 少し暖かい飴玉。
 いつか、あの朝日で瓶ごと溶けていくといいなと思った。
 現実逃避への道が、幾つも消える事になると、わかっていても。

 瓶を元にもどす。口の中の飴玉はもうない。
 もうそろそろあの味がやってくる。